2026-06-25

ぎっくり背中

朝起きていつもの様に作業着に袖を通そうとしたところ、ピキッと背中に鈍痛が走った(涙)。重いモノを持ったわけでも体をひねったわけでもないんだけど、ちょっと不自然な姿勢をとったのが痛みのトリガーとなったのは間違いない。数年前から洗顔や歯磨きの際に前にかがもうとすると腰に痛みを感じてたんだけど、これまでぎっくり腰にはなったことはなかった。今朝の鈍痛は腰ではなく背中なのでぎっくり腰ではないと思うけど、直感的に「ぎっくり系」の症状だと思った。

ぎっくり腰の背中版に違いないと思いGooogle先生に尋ねてみたところ、ずばり「ぎっくり背中」がヒット。筋肉の疲労や柔軟性の低下に加え、急な動作がぎっくり背中の引き金になった模様。最初は結構な痛みを感じてソファーに座るのも一苦労だったんだけど、発症から3時間もすると痛みはかなり落ち着いてきて、仕事(オフィスワーク)に支障がない程度に回復してきた。 

ぎっくり背中にはこれといった治療法はないようだけど、通常は1週間程度で回復することが多いんだそう。 無理に体を動かさず痛みが弱まるのを待ってから、痛みが落ち着いてきたら温めて血行を良くしたり、軽いストレッチをすることで回復が早まったり、再発の防止が期待できるとのこと。数年前から毎朝ラジオ体操をしてるんだけど、これからは背中のストレッチも意識しながら体操しないと。

...それにしてもねぇ、歳は取りたくないねぇ(--;

2026-06-24

501

久しぶりに新しいジーンズをアマゾンでポチッとな。アメリカ製のリーバイス501、洗いナシのオリジナルなシュリンクトゥフィット。ジーンズはリーバイス、Lee、エドウィンなどのブランド、あとドゥニームやEternal Jeansなどの501レプリカなど色々と履いてきたんだけど、なんだかんだ言っても501に落ち着くんだよね。一番趣味に合わなかったのがLee(ニポン製ビンテージレプリカ)だったカモ。

全く同じジーンズを5年前にも購入してるんだけど、だいぶ傷んできたので新しい501を買った次第。円安の今となっては信じられないんだけど、5年前の購入価格は3,413円。それが今回の購入価格は12,100円と、ざっと3.5倍。これが日本での定価のようだけど、バンコクでは普通に2万円を超えてたので日本の定価でも十分リーズナブルに感じる。

サイズは5年前と同じものを選択。アメリカ流通品はウェストだけでなく、レングスも細かく選べるのがいんだよね。丈を詰める必要がないので裾はチェーンステッチのまま履けるのが〇。比較的足の長い俺が選んだのはジャストフィットなW33 L34(笑)。レングス86cmでカット無しだよ、俺ってすごくね?まぁ洗うと80cmくらいに縮むんだけどね。学生の頃はW31を履いてたので、お腹は2インチ(5cm)ほど成長してたりもする(^^)

2026-06-23

息子

日曜日に息子から父の日のプレゼントをもらった。海外で生活している俺のことを考えて、白飯のおかずに良さげな珍味やふりかけなどの詰め合わせ。息子から父の日のプレゼントをもらったのは幼稚園で作った手作りのキーホルダーとマグネット以来カモ、嬉しい(^^)

息子は素直でいい子に育ってると思う。先日親父の葬儀に息子を連れて帰ったんだけど、お袋はしばらく見ない間に大きく育った孫を見て感心しきり。ちゃんと挨拶できるし、いうことはよく聞くし、すごく素直でいい子だと。中でも一番うれしかったのが、亡くなった親父と一緒に一晩寝てくれたことだったらしい。お通夜のあと親父の亡骸は葬儀場の家族休憩室に一晩安置されてたんだけど、俺が息子に「今晩はここでオトーさんと一緒に寝よう」というと、息子は「いいよ」と即答。

実のお爺ちゃんとはいえ、お袋は年頃の息子が祖父の亡骸と一緒に一晩過ごしてくれたことが何より嬉しかったんだそう。ウチのお袋は「H子(妻)さんは本当に子供を上手に育ててる」と何度も何度も言っていた。確かに俺もそう思う。俺はコロナの期間を除いてずっと海外に居たから、息子の反抗期にも一緒には暮らして居なかった。もともと優しい性格の子だったのもあるけど、嫁さんのしつけや子育てが良かったんだと思う。ありがとう。

そういえば高校の卒業式の日にLINEで「18年間お世話になりました。無事卒業できました。これからもよろしくお願いします」ってメッセージが届いたんだよね。嬉しさのあまり、スクショして大切に保存してたりもする。嫁さんは直接言ってもらったって言ってたけど、そんなことされたら俺間違いなく泣いちゃうと思う(^^)

2026-06-22

再赴任

無事ベトナムに戻ってきた。ようやく長い1週間が終わった。 葬儀から1週間が経ったんだけど、振り返ると長かったようでもあり、あっという間だったようにも感じる。 親父の訃報を受けたのが先週の土曜日の早朝、その日の夜行便で日本に戻り、午後2時半ころに葬祭場に到着。納棺に立ち会い、その日の夜は親父と最後の夜をともに過ごした。ほんと間に合ってよかった。灰になってからではあまりにも寂しすぎる。

親戚の叔父叔母、あと妻の両親も高齢ということもあり、万が一に備えて礼服を持ってきた。親父が他界した翌日が友引だったので葬儀に間に合ったけど、もしそうでなかったら葬儀には間に合わなかった可能性が高かった。朝7時に羽田について一度自宅に礼服を撮りに帰ったんだけど、もし出張先に礼服を持って言ってたら羽田に着いた後すぐに国内線に乗って実家に帰ることが出来てたんだよね。その反省から、礼服やネクタイ、お数珠など一式持ってきた。

この先残された母のことが心配。これまでは毎週日曜日にFace timeで話をしてたんだけど、これからは時間があるときにこまめに連絡するつもり。母の健康状態なんかもわかるし、話し相手になるだけでも父が亡くなったのを忘れられるんじゃないかと。いつも午後8時半ころにFace timeをつなぐんだけど、ベトナムとは時差が2時間あるので平日は厳しいんだよね。当面の間、土日はFace timeで話すつもり。

2026-06-21

117クーペ

子供の頃は117クーペってどこが良いのかさっぱり分からなかったんだけど、大人になった今見ると凄くカッコいいんだよね。特に発売当初の丸目4灯モデルは品があって凄く美しいと思う。さすがはジウジアーロって感じ。117クーペの生産期間は1968年から1981年と意外と長く、俺が中学に進むちょい前まで新車で買うことができてたらしい。117クーペは子供の頃から既に旧車のイメージだったけど、実は当時まだ現行モデルだった模様。

発売当初は工作機械を使ってボディ外板に大まかなラインをプレスし、そこから先は手作業でボディシェイプを成形していくという、今では考えられないほど手間のかかる方法であの美しいボディラインを実現していたんだそう。そこから117クーペの初期モデルはハンドメイドと呼ばれるようになったようだけど、昔から丸目のハンドメイドモデルにはプレミアがついてたんだよね。

あまり見たことがなかったんだけど、前期型117クーペはインテリアもカッコいい。スポーツカーと言っても違和感のないスポーティーなコックピット。これに比べるとマイロードスターは良く言えばモダン、悪く言うと安っぽい。まぁこのでっかくて細いステアリングや品のあるウッドのメーターパネルは’68年発売の117クーペだから似合うのであって、’89年に発売されたNAロードスターには似合わないと思うけどね。